なごや万華鏡落語『あさきゆめみし』感想と考察(ネタバレ含む)

 

 

どーーーしても感想をどこかに書き留めておきたくて、語彙力皆無人間のくせに、ついうっかりはてなブログを開設してしまいました。

あくまで自分が感じたことを忘れてしまわないようにするために書いているので、こういう考えのやつもいるんだなぁ、くらいの軽い気持ちで読んでいただけるとうれしいです;;

と最初に書いたのですが、気がついたら8500文字書き殴っていました。自分が一番びっくりしています。クソ長い上にまとまっていないので、お時間あるときに読んでいただけるとうれしいです;;
8500はさすがにやばい

 

 

 

 

さて!!今年も行ってきましたよ!!

なごや万華鏡落語!!!

去年も言ってた気がするけど、演劇、落語、前田慶次様からの落語に関する知識のご教授、この3つがあの幽玄な名古屋能楽堂で味わえて、そのお値段なんと4000円!ってすごくない?こんなお財布に優しい世界が存在してていいの?

も~~ほんと~~によかった……(語彙が死んでる)

私、落語は生でお噺を聞くのは去年の万華鏡落語ぶりの、人生2度目っていう落語偏差値ド底辺の超絶初心者なのですが、めちゃくちゃゲラゲラ笑ってしまいました。その後の慶次さんの落語談義も本当に面白くて、楽しくて、わかりやすくて……あーあ…先週の土曜日にタイムスリップしたい……

推しいないし、落語よくわからないし…って今回遠慮してたそこのあなたは来年こそ絶対に観に来たほうがいいです…これは観ないともったいない…

 

 

落語も談義もたくさん感想を言いたい気持ちはたっぷりんなのですが、なにせ語彙力と文字数がキャパを越えてしまうので…今回は私が1番目当てに観に行った演劇の感想と考察だけ書かせていただきます……ああ、戻りたい…(万華鏡ロス重症患者)

 

そしてここから先の内容は、今年と去年のネタバレをとても含んでいるので、その点もご留意して読み進めていただきますよう、お願いします…

今年はカメラが入っていたのでワンチャン円盤化もあり得ると思います…ていうかマジで見返したい場面多すぎるから円盤出して…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物語の時系列順に感想と考察を話していこうと思うのですが、その前にちょっと予備知識として私の話をさせてください…

ヤマトからボイメンにハマった新規オタクです。勇翔さん推しで、去年も今年もマチソワで観劇しました。おととしの『蜘の糸』は観劇できておらず、ほんとはやく円盤買えよ私って思って1年経ってしまった。つまり万華鏡落語以外のボイメン関係の舞台は、映像では観たことがあるけど生では観たことなかったので、平松さんとせつらくんの演技を観るのは今回が初めてでした。 いやもう三人とも良すぎた…(語彙力)

 

 

 

 

 まず冒頭、目隠しで視界を絶つことによって他の感覚を鋭敏にしたカグヤがウツロを捕まえようとするシーン。

 

ウツロにその理由を問われると、ウツロを捕まえてその賞金ででかい家に住みたい、と答えるカグヤ。これ、「この世」にいた頃のカグヤとウツロパパの約束なんですよね…

「あの世」でカグヤは自分が何者なのか忘れてしまっているのに、この約束(というか将来の夢?)のことはちゃんと覚えていて、成し遂げようとしているんですよ…こんな息子を見てウツロさんはどういう気持ちだったのでしょうか…うう、しんどい……

 

 

 

 

二人の元に突然現れたナデシコ。カグヤはウツロの存在は認識していたのに、なぜかナデシコの存在は知らないんですよね~どうしてなんでしょう…ていうか、そもそもカグヤはどこで「ウツロを捕まえれば大金が手に入る」という情報を得たんでしょうね…

 

ナデシコはカグヤに「おまえなんか知らない」と言われて「ばかばかばかばか!」と怒ったり(かわいい)、カグヤのことをからかったりします(かわいい)。そりゃ、こないだまで一人称が僕だった小5の息子がいきなり自分のことを大人だと思い込んで振る舞っているの見たら、からかいたくなりますよね~!!だってかわいいもん!!わかるわかる~~!!

 

……ってソワレのときは思えたんですけどね、マチネの時は正直怖かったです。「だーれだ」と突然現れたと思いきや、静かな敬語口調で淡々と言葉を吐いていき、たまにからかい口調になって。平松さんの声の美しさも相まってゾッとしました。

賢ちゃんのお芝居って映像でも『RETURNER』以外、あんまりちゃんと観たことなくて。だから沖田くんの”美青年”ってイメージが強かったので、こういうお芝居もできるんだなぁ、と。すごく惹きつけられました。普段の彼からは想像つかないけど、ホラーとかオカルト系も似合うんじゃないかな……

 

 

 

 

その後、ウツロに今いる世界が「あの世」であると言われた後の、「この世」の回想?シーン。カグヤはいきなりナデシコに「死なないで!」と強く揺さぶられ、ウツロ扮するお医者さまとアレコレ(ソワレの時の勇翔くんのアドリブが愛しかった)するシーン。

 

ここ、場面が「あの世」に戻ったときにウツロさんが「今のような会話がベッドで寝ているカグヤの枕元で繰り返されている」と言うのですが、ここで一つ引っかかりませんか?カグヤの枕元で「死なないで!」と揺さぶってる女性は誰だ?

この女性からはカグヤがナデシコママにプレゼントした香水の香りがするし、ナデシコママの華奢な手にカグヤも見覚えを感じているんですよね。しかもお医者様は「ナデシコさん」と彼女のことを呼んでいる。でも、当のナデシコママ自身は死んだのでカグヤの枕元にいるはずがないんです。

 

これに関してはず~ともやもやしてました、今もしてます。それでも私なりに考えた結果、「この世」のカグヤの枕元で起きていることを「あの世」でウツロとナデシコが再現しているシーン。今「あの世」でカグヤを揺さぶっているのはナデシコだが、実際に「この世」でカグヤのことを揺さぶっているのは、違う人物説。

 

いざそう考えると全部つじつまが合う気がするし、なんかそこまで悩むことではなかったような気もして、私みたいに家で台本読み返して考察しなくても、観劇中にこうすんなりと落とし込めた人も多かったのではないかと思います…観劇中に思考回路がまわる脳みそがほしいよ……サンタさん……(他力本願)

 

じゃあここで問題なのが、「この世」でカグヤを揺さぶっているのは誰か。これは普通に身内の人とかいろいろ考えられると思うのですが、ツイッターで他の方がウサギのナデシコ(平松さん演じるナデシコと混じるので以下ではウサコって呼びます。ナデシコママンごめん…)ではないかっておっしゃっていて、ああ~!なるほど!って思いました!ていうかウサコだったらいいなぁ……守るって言ったもんね……

 

ちょっと余談ですが、他の方のつぶやきで見た話を。撫子というお花は「撫でたくなるほどかわいらしい」ことから名付けられたらしいです。撫でる、この物語の鍵となる言葉ですね。ちなみに英名では「pink」というらしく、「輝く目」という意味があるみたいです。平松さんはまり役すぎでは!!???

 

あと、さっきも少し触れましたがここのシーンの、

推しのアドリブが最高すぎた。

推しさん今年3年目じゃないですか。1年目のことはわかりませんが、2年目は兄弟役というのもあってか、緊張感のなかでも、らいがくんを引っ張っていくようなお芝居で先輩って感じが伝わってそれが最高に良かった。そして今年。だが奴は、弾けた…。

ホームだし、賢ちゃんもいるもんね!うんうん!はっちゃけて勇翔ワールドを全開に楽しそうにお芝居している推しが観れられたの、本当に本当に幸せでした!!愛しさが大爆発した!!だいすき!!!推しが遠いところでチャレンジしているのを応援するのももちろん好きですが、名古屋で、3年目で、このどこかアットホームな雰囲気のなかのお芝居が観られるのも、万華鏡落語の良さかなって思ったりもしました。

 

 

 

 

 

ウツロたちの話を信じずに二人を化け物と呼ぶカグヤの元を二人が離れて、カグヤの「感覚という感覚がどこか遠くへいってしまう」シーン。そのカグヤの元に現れる白い布をまとった男。カグヤが男の声しか聞こえないのは、もう死がそこまで来てしまったから…

も~~~……このシーン大ッッッッッッッスキ!!!!!!

まずこの男を演じているのが平松さんなんですよ~!!!ナデシコとも、普段の平松さんからもかけ離れた深い深い闇に誘うような男の声。白い布で隠れているので見た目では誰が演じているのか見当がつかなくて、でも声の演技を聞いていても確信が持てなかったです。その後、ウツロさんが切戸口から登場したので、ああ、あれは平松さんなんだな、とやっとわかりました。それくらい役者の面影がなかったです。声だけのお芝居でしたが、本当にすごかった……

平松さん絶対に声優のお仕事向いてると思うんですよね~~ってずっとやんわり思ってたんですけど、本気で彼の声のお仕事が見たくなりました。以前、ご本人に声優やってほしいって伝えたことあるんですけど、「声優ね~!やりたい!でもねオファーが来ない!」と元気いっぱい言われて「おおう…」となりましたので、関係者各位様、はやく彼に声のお仕事をください

 

しかもこの白い布をまとった男、本舞台には来ずに、橋掛(能舞台の本舞台と鏡の間をつなぐ橋みたいなところ)でしゃべるんですよ。これ能楽堂ならではの演出ですよね~…能でも橋掛は「あの世」と「この世」をつなぐ架け橋のような意味を持つような演出で使われることが多くて、今回の舞台でも橋掛にはその役割があるのかなって。これ他の方も考察されてたのを読んだんですけど、今回の舞台ですごいのが、カグヤが1度も本舞台からはけないんですよね。もしかしたら本舞台が「死んだと死んでいるの間」で橋掛か鏡の間が完全に「死んだ」の世界なのかもしれませんね…奥が深い!

ちなみに、切戸口(本舞台の右奥にある小さい扉。去年たしか勇翔さんここで頭ぶつけてたよねって今思い出した)は斬られた役の演者さんがこの扉から舞台をはけることから「臆病口」とか、観客から遠い場所にあって、目に届きにくいので「忘れ口」ともいわれているらしいです。ウツロパパとナデシコママはよくここから登場しましたよね。二人はどんな気持ちで自分たちを忘れた息子に会ってたんでしょうか…しんどくなりますね……

 

それでね、ごめんなさい、まだこのシーンの話させてください。この男「死」という単語から「詩」につなげて…

 

「…詩を読もう。『人生とは歩く影法師に過ぎぬ』」

 

し、し、シェイクスピア~~~!!!???

 えええええいやいやいや…いくらなんでもエモすぎるでしょ。これはエモい警察にエモい度違反で逮捕されるって…むりぽ…

 

『人生はたかが歩く影、哀れな役者だ。出場のあいだは舞台で大見得を切っても、袖へ入ればそれきりだ』

 

ここでさあ問題がまた一つ生まれるんですよね、この白い布の男何者だよ問題。

たこれも私の勝手な憶測なんですけど、この方、”「この世」での事故に絶望しているカグヤの記憶”なんじゃないかな…って。ぶっちゃけこれ今このブログを打ってるときに思いついた考えなので、あんまり確証とかないんですが…すみません…突如として両親が自分の元から消えてしまったことに絶望したカグヤのセリフなんじゃないかなって思いました。あくまで男はカグヤの一部なので、男のことは他の人には見えないし、男と話すときに感覚という感覚を失ったのかな……ん~むずかし~~!!

 

なんでさっきのような考えが思いついたのかというともう一つ理由があって、実はウツロはカグヤの元を離れずにずっと見てたんじゃね説。

男が去るとき、カグヤは「俺は死にたくない!」って叫ぶんですよ。そのあとにいつの間にかウツロがいて、「死にたくないのか?」って聞いてくるんですよね。まるでさっきまでの男とのやりとりを聞いていたかのように。なのでウツロに男が見えていたかはわかりませんが、少なくともウツロには、男とやりとりするカグヤの様子は見えていたんじゃないかな…あくまで憶測です…

 

 

 

 

白い布の男から好きなシーン続くんですよね…てかもうこっからラストまで全部好きです。この時点で4700文字近いので、すでに謎の危機感に襲われていますが、後もう少しおつきあいください…話長くてごめんね…

 

まずウツロがカグヤに「どれくらい死にたくないのか」聞くシーン。カグヤは「死にたいくらい死にたくない!」って必死に言うんですよね。それを聞いたウツロさん、なんとカグヤの頬を叩きます。

「いてっ」

感覚取り戻してるやん!さっきまで「感覚という感覚がどこか遠くへいってしまう」と言ってたカグヤが痛みを感じてる!劇中普通にうれしかったです。そのあとカグヤは目隠しを外してもウツロが見えるようになって、のちのち嗅覚も復活します。

ここでウツロがカグヤをぶったおかげ?で感覚を取り戻したのですが、死んだ人相手に「死にたいくらい」なんて言葉使われたらそりゃ怒りますよね…わたしもよく「死ぬほど」とか軽々しく使ってしまうので、ちゃんとこれからは気をつけようと思いました…

 

その後ウツロから渡されたウサギのぬいぐるみを「温かい」というカグヤ。それは自分が冷たいからだとウツロに言われますが、それでも「温かい」とぬいぐるみを抱きます。ここのね、せつらくんの演技がすっごく好きです。久々に触れた温もりに安心したかのような優しい声。さっきまで目隠ししてるわ、突然一人になるわ、変な白い人出てくるわ、でいろいろ怖かったもんね~~!!!お~よしよし!!!

 

しかしカグヤはここで自分の頬を触ってその冷たさを感じます。さっきパパにぶたれた頬に触れる。そのとき、自分が電車の事故に遭ったことをちゃんと思い出します。ここの突然の暗転と赤い照明と電車の音、めっちゃゾッとしました。好きな演出。

 

そのあと、カグヤが生き返るためにカグヤの五感を取り戻すことに決めた三人。ウツロとカグヤの元に「なんかずるーい。楽しそう!」と切戸口から登場したナデシコでやっと今回の舞台で初めて普段の人懐っこい平松さんの面影を見られた気がしてちょっと安心(笑)親子三人のやりとりがほほえましくて、すこし泣きそうになりました。

 

「五感を取り戻す」=「自分を取り戻す」=「生き返る」という理屈らしいですが、ここでいう五感は、「この世」での五感に基づいた記憶、のことなのかなって思います。カグヤはきっと「あの世」でも五感という機能自体は持ってるんですよ。最初はウツロのことを匂いを元に探してたし。でもそれに伴う記憶がないから、死んでいるのではないですかね…ここらへんからだんだん自分が何を言ってるのかわからなくなってきました。

 

 

 

ここからはラストまで一気にカグヤの記憶、物語の核心に迫っていきます。

 

長い白い布(おそらく男がまとっていた布と同じ)をカグヤにぐるぐる巻き付けながら、五感それぞれの感覚で好きだったものを順に聞いていきます。

 

だんだん家族の思い出を取り戻していき、聴覚、触覚、味覚ときて、嗅覚、視覚でウツロ、ナデシコが誰なのか、どういう関係なのかを思い出しています。

ここらへんで私たち観客もだいたい察しがつきましたよね、そしてわかったからこそ、もうここからは涙が止まりません。マチネで涙でぼやけて見えなかったので、ソワレの時は泣かないぞ!と自分の中で盛大にフラグを立てたら、案の定フラグ回収してしまいました。ここからは私は涙で視覚を失っていますが、他の感覚をなんとか研ぎ澄まして話についていきました…

 

五感を取り戻したカグヤは自身が本当は小学五年生だったこと、一刻もはやく大人になりたくて「あの世」に来たとき自分を大人だと勘違いしたこと、両親を失ったショックで死のうとしていること……全てを思い出します。

はやく大人になりたかった、というのははやく年をとって死にたかったのか、ウツロとの約束をはやく果たしたかったのか、どちらも考えられるなと思います。

 

死のうとするカグヤに生きるように促すナデシコママとウツロパパ。もうここらへんまでくると小5の息子とその両親にしか見えません。役者陣が当時19歳、22歳、24歳とか言われても信じません。せつらくんの幼くて純朴で少しさみしさを感じる演技、平松さんの女性らしいけど強い、母親らしい演技、勇翔くんの優しいけど時に厳しい父親の演技……もうどれも最高です。永遠にこの3人のお芝居を、この家族を見ていたかったです。

 

特に好きなシーンが、ウツロさんがカグヤと生前話した、大金持ちになって大きな家を建てる話をカグヤにするシーンです。もうね、ここのウツロパパがパパで本当に良いの…最高のパパなの……カグヤに対して「じゃあやりなさい!」と怒鳴るんですよ。あのやさしいウツロパパが…いいことをすると頭をぐしゃって撫でてくれて、甘いホットケーキが大好きなあの優しいウツロパパが…怒鳴るんですよ……パパ絶対怒るの苦手なタイプそうなのに、息子のために怒鳴ったんですよ…エエン…しゅきぴ……

 

そのあとのカグヤのセリフが個人的最大号泣ポイントです。秒速1滴は涙が製造されていました。

 

「でもさ…でも…おっきな家建ててもさあ!誰が一緒に住むの?…ボク1人?ねぇボク1人?1人は嫌だよ…ねえママ!1人は嫌だよ!」

 

間。

 

なんですよね、この叫びにすぐママは答えられないんですよ…そりゃそうだ…ママだって本当はカグヤと一緒に住みたいもんね……ウッ……

 

 

 

 

二人のおかげで生きる覚悟を決めたカグヤ。そこでウツロとナデシコのセリフ

「じゃあ行くよ。この世でも、あの世でもない…つぎの世」

ここでまた問題が発生しました。長くてごめんね、これで最後だから許してください。つぎの世に行くのは誰なのか問題。これも正直、カグヤでも、ウツロとナデシコでも、考えられると思います。こうやっていろんな考察の道がたくさんあるの楽しいよね。

私はウツロとナデシコの夫婦じゃないかなって思いました。ていうかこの二人だといいな~って。カグヤには「この世」に戻ってウサコのこと守ってほしいし、いつか出会う大切な人と大きな家に住んで幸せな家庭を築いて、幸せに包まれて「この世」を去ったら、「つぎの世」でまた両親に再会してほしいなって…とりあえずカグヤには幸せになってほしいよ、だってまだ小学5年生だもんね…人生まだまだ先は長いよ…

 

 

 

 

やっとここまできた……みんな疲れたでしょ、わたしは疲れたよ!

ついにラストシーンです!!!あのね、万華鏡落語はマチソワでラストが違う、というかソワレでラストシーンに1場面付け加えられるんだよね。だから時間が許すなら、マチソワで入った方が絶対にいいですよ~!!

 

マチネは横たわったカグヤの長セリフで終わり。ソワレは長セリフの後に、そのカグヤを見守るウツロとナデシコの会話があります。

 

このカグヤのセリフで印象的だったのが、「俺は進む。絶対に進んでやる」と現実がどうであれ、前に進むことをはっきりと名言してるんですよね!わかってるだろう、ママの「絶対に」はホントに「絶対に」!

ここで思い出したのが去年の「あさきゆめみし」のソワレのラスト。勇翔くん演じる、弟を失った悲しみを抱えながらも生きていくと決めたおとこのセリフ

「これからどうしようか、ちゃんと前に進めるのか、なあんにもはっきりしないですけどね

お、お兄ちゃ…;;お兄ちゃんは男のくせにうじうじしていてどうしようもない奴(弟談)なのですが、ここでその、生きていくとは決めたものの、やっぱちょっと臆病な性格が垣間見られて、すごく好きだなあって去年思った記憶があって…

カグヤもお兄ちゃんも、どっちも大切な人を失って、それでも生きると覚悟を決めたのは同じなのですが、この二つの違いがどちらも二人らしさが出ていて、どっちがいいとかじゃなくて、両方好きだな~と。

 

そしてもう一つ去年を思い出したのが、ウツロとナデシコの会話で、二人でもう少しだけカグヤを見守ってやろうと話します。はい!ここで思い出すのが去年のらいがくん演じる、お兄ちゃんの背後について歴史を繰り返す死んだ弟のセリフ

「俺はヤツの後ろにくっついて、しばらくの間はね、見守っていこうかなあと思います。俺は死んじまったんですけどね。それが死んだ俺の、「生きがい」なもんですから」

 状況が同じ!!!みんな見守られてるんだよ!!!生きて!!!

  いや、8000文字も書いてたら気が狂うって、そりゃテンションもおかしくなるって。

ウツロパパとナデシコママもカグヤを見守るのが「生きがい」になるのかな、なるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な、長かった~~~~!!!

えっやばくない?さすがにキモオタ度をすぎてる気がする。ここまで読んでいただいた人いらっしゃるのかわかりませんが、こんなまとまらない文章におつきあいいただきありがとうございました。

 

もう本当に欲を言えば再演していただきたいくらいなんですが、さすがの現実をみないで有名なキモオタでもそれは難しいということはわかるので、せめて円盤を…出してください…おねがいします…あとぜひまた来年、新作の「あさきゆめみし」をあの場所でまた観たいです。もしそこに能楽堂4年目の推しさんがいてくれたら、この上ない幸せですね…!